いきるを考えるいのちを踊る
http://iwk-iwo.blogspot.jp/

生きるということ、踊りのこと、星のこと、スピリチュアルなこと、食のこと
さまざまな興味関心について、学びや気づきをつづっています










『テーブルの上の宇宙』

今回のテーマ「不思議な体験」

日 時:2019年10月4日(金)19:00-21:00
場 所:大阪市内
    詳細は、決定次第、ご参加の方に直接お知らせいたします
参加費:6,000-8,000円
    お食事、お飲み物代込み
    なるべくオーガニックなお店を探したいと思っています
人 数:3名さまより開催

詳細は、ブログ右側「セッション」より、お問い合せ&お申し込みは、
「お問い合せ」より、よろしくお願いいたします




『"万物としての自己"とのつながりを深めるダンスヒーリング』

日 時: 2019年10月13日(日)14:00-16:00
場 所: 大阪市内
参加費: 6,000円(初回の方)
人 数: 3名さまより開催

詳細は、ブログ右側「セッション」より、お問い合せ&お申し込みは、
「お問い合せ」より、よろしくお願いいたします











陰徳


一旦涼しくなったものの

なんだかまた夏が戻ってきたような??

暑い日がつづいておりますね


先日は、とある神社へお札をお返しに♪

表立っての意味というより、裏の意味として

わたしの人生にさまざまに関係のありそうな

神社でしたので、そのことを知ってから

わりとよくお参りするようになりました


(でも、個人的には、赤い鳥居より

白木の鳥居の方が好き☆

自然と調和したシンプルな素晴らしさが

神道のように感じるからです^^)


その神社は、人気のある神社なので

神聖な場というより、もはや観光地になっていて

たくさんの国籍の方でにぎわっています


問題はここから


わたしは一通りのお参りを終えたあと

岐路につく前にトイレへ行ったのですが


………き、汚ぁーい!!((((@o@;

トイレ通路から個室まで、ゴミ、ゴミ、ゴミです


こんなに汚いトイレ初めて見たかも

そんなレベルの汚さ


公衆トイレは、場所によって、どうしても臭いが

しみついてしまっている場所もあります

でも、その神社のトイレの汚さは

そういう汚さではなく、人の意識次第で

きれいに保てる、という意味での汚さです


さ、掃除!


黙々と、床に散らかったトイレットペーパーを流し

散乱したごみをまとめて

気持ちよく使える状態に整えました


わたしは、普段から

散らかったトイレに入ったときは

必ずかたづけて出るようにしています


これを書いてしまった時点で

もはやこのようには言えないのですが

これが、わたしの陰徳


トイレは、実はとても簡単に、そして完璧に

陰徳をつめる場所


流れていないトイレを見て

多くの人は、その場を避けてしまいますが

わたしは、その場に巡りあえば

そのトイレに入り、流します


すると、次の人は、何もなかったかのように

そのトイレを使いはじめる

滞った場に、人の気がとおりはじめるのを

見るのがとっても気持ちいいんです♪


他にも、多くの人が気づかないであろう

プラクティスがわたしにはあります


陰徳を積むことのよさについて

まだ明確に言語化できるほどの気づきはないです


でも、やっぱり

誰かに評価されるために、とかじゃなく

こっそりと行う奉仕って、なんだか気持ちがいい


やってもらったからお返ししないと、みたいな

負担も期待も感じることなく、ただ、行う


でも、わたしの場合は、ただ、というより

愛をもって、という言葉をつけ方が、しっくりきます


(同じことを違う意識で行った場合の結果について

おもしろいお話を聴きましたので、また書きます☆)


こころって、やっぱり環境からの影響を

おおく受けていると思います

もちろん、動物だってそう


愛のある場所、きれいな場所にいれば

愛のあるきれいなこころになっていく


以前、獣医さんが撮られた写真には

保護されてすぐのワンちゃんと

その後、適切な治療をほどこし

優しい飼い主さんの元へ引き取られたワンちゃんが

比較されていました


まーったくの別人!ならぬ別犬!

瞳のきらめきがまったく違います☆


一人一人のちょっとした気づきや

行動が拡大していけば

よりよい世界になっていくんだと思います


結局自分も他人もないんですから(UvU)


そんな気持ちで、日々陰徳をつみつつ

自らのこころを磨いています☆










2019.9.10

踊りからの贈り物―ワンネス


わたしが、踊りからいただいた宝

それは、「ワンネス」という言葉にかえることが

できると思います


当時は、そんな言葉自体、知りませんでした

自由に踊ることが大好きで

定期的にクラブ通いしていた当時

(と言っても、そこまで頻繁ではないんですが)


あるDJさんには

いっこは、ほんとうに純粋に踊っている

いっこのダンスが好き、と言っていただき

いっこが踊ればみんな踊るから、と

野外イベントに

ご招待いただいたこともありました


お酒も飲まず、たまに水分補給しながら

ただひたすらに踊り、夜明けを迎えます


夜明けまでほぼずっと踊っているのですが

時々休憩しつつ、ふと全体を俯瞰して眺めてみたときに

感じたことがありました


古代も現代も、人は何一つ変わっていない


火が光にかわり

民族楽器が電子音にかわり

そこには音楽や歌があり

意識を変容するための何か(たとえばお酒)があり

性がある


わたしの恩師が貸してくださった

あるアフリカの部族をフィールドワークした

踊りの本には、なにかグループで問題が起こった時

(精神的なこころの問題も含まれます)

踊りのサークルがひらかれ、夜が明けるまでみんなで踊る

そんなことが書かれていました


場所や、つかっている物はちがいますが

根本的な部分で、古代と現代

民族社会と先進社会の中にあるものは

何も変わっていない


人は人


大きな大きな自然のなかの

小さな小さな一部です


そして、この踊りの中には

強烈な癒しのちからがあるということ


わたし自身、振り返ってみると

踊りに没頭していたときは、人生の転機でした


ただ、わたしには「こころ」という

もう一つのテーマも共にしていたため


踊りによって、何がどう変わっていくのか

自分自身の状態や場について

観察しつづけていたことがあります


一夜をとおして踊りに入り込んでいくうちに

だんだんと、「自分」という意識がなくなっていきます


大きなエネルギーの全体に、飲み込まれていくような感じ


身体のラインも、他者との距離も日常の感覚とは異なり

境界線が、だんだんと曖昧になっていく


境界線があいまいになりつつも

大きな音、たくさんの人、たくさんの光

とらえきれない外界に

内的な声は、逆にしっかりときこえはじめます


そうして朝を迎え、朝焼けのもとに出ると

静かな静寂の時間がやってきます


あれは四条の橋の上だったかな?


しずかな朝の静寂の中、わたしは

なんとなく、空や、山や、川

目の前にひろがる景色の全体をただ眺めていました


はぁ…なーんにもない


身体のここちよい疲れ、こころの解放、高揚

一晩中のダンスによって、頭の中がもう空っぽです


つい半日前まで、考えていた、悩んでいたことが

なんにもない、どうでもいい、小さな小さな

というか、もはや存在しないかのようになっていました


そして、「わたし」という感覚が、肉体を指すものではなく

目の前の景色のすべてが「わたし」であるという感覚に

変わっていることに気づきました


わたしはこの空気の全部

すべてがつながっていて、からだは肉体じゃない

地球は、宇宙は、すべてがわたしそのものなんだ、と


理屈じゃない、身体をとおして理解できた

スピリチュアルな自覚

とても幸せで、満たされていて、すばらしい気持ちでした


いつも、踊ったあとは幸せで

自分の真に戻った感覚をおぼえてはいたんですが

身体の感覚と頭での理解が一致したのが

ちょうどこの時でした


一晩踊りとおして、迎える朝、その度に感じていたことは


幸せ、感謝、ありがとう


幸せというオーロラ色のシャボン玉に包まれる感じ

空気そのものが幸福感に満たされています


これは、日常で何があっても同じで

一切の不安や、思考が

まるで最初から何もなかったかのように

吹き飛んでしまいます


いつかまた、クラビングツアーなんかも

決行してみたいですね♪

ちゃんとこころの状態もシェアできる形で^^


踊りは儀式

思考の罠にはまってしまった状態から

肉体とこころを開放し

本来のニュートラルな自分に戻るための魔法


マジカルで神聖な場です


踊りの場は、過度なおしゃれや、若い方々だけが

楽しむ場じゃない、とわたしは思っています☆

(もちろん、おしゃれはステキです♪

それも魔法の一つですから^^)b)


そこが本質ではない、という意味です(UvU)


とにかく踊りは、人生の幸福度を上げるのに

ピッタリのプラクティスなのです☆


そういったものをシェアできるといいですね^^










2019.8.29

霊的な世界


お盆も最終日ですね(UvU)


お彼岸やお盆には

いつも印象的な夢がやってきます


みなさんは、霊視って受けたことありますか?

わたしは、受けたことがありません


わたしの周りには、なんとなく

できる人もいそうな気がしているんですが

わたしは、今まで、霊視というものには

あまり興味がありませんでした


自分には、そういう能力がないし

みえない世界は、もともと大好きなんですが

なんやかんやでとても現実的な人間で

実感できないことは信じないタイプ

(それは今も同じかな?)


でも、夢の中で夢に目覚め

肉体感覚を持ってしまったこと

(現実とそのまま一緒の感覚)や

やぶれた服が勝手になおった体験

(わたし以外の確認者あり)

をしてしまって以降

わたしの価値観は、大きく変わってしまいました

(ブログ右側、「おすすめ記事」参照)


たぶん、やぶれた服がなおってしまった体験は

瞑想をつづけていたからかな?と思います

瞑想は4年程度つづけています


わたしの恩師(行者さん)からは

そういう体験は、普通にあるけど

そこがゴールじゃないから

人に言ってはいけないと言われました


でも、わたしは、もうこういうことは

ちゃんと言わなきゃけない時代なんじゃないかと思い

すでにある程度受けとる器のある人には

ふつうに話しますし

このように、ブログにもに書いています


だって事実だから、しょうがない


少し前までは、こんなお話はどこかの誰か

遠い存在の人にしか起こらないこと

もしくはデタラメだと思っていたんですが

そうではありませんでした


わたしたちが、とらえきれないほど

不思議な世界に生きてること


その事実におおくの人が気づけば

もっと今、存在しているこの世界の

すべてを大切にできるし

そうしたらあらめて、幸せの定義について考える

きっかけにもなります

そして、本当の意味での幸せが

見込めるんじゃないかと思っています


もう日本はだめだ、地球はだめだ

有識者の方々からはそんな言葉をききますが

わたしは、そんなことないと思っています


一人一人が、こころから幸せでいること

幸せになることにフォーカスしつづければいい


幸せだと思ってつかんだものが

実は、まったく幸せではなかったことに

気づくこともあるでしょう

でもそれは、ほんとうの幸せへの入り口


そして、自分自身を大切にすることと同じように

相手も大切にできるようになること


わたしたちはまったくもって

物質の世界には生きていないこと


霊的な世界は、それらを

一瞬のマジカルな出来事をとおして教え

導いてくれます










2019.8.16

コラージュにあらわれる魂の歴史、未来の予言


本日も海へ行ってまいりました☆

ふと空を眺めると彩雲


足元に見つけた白い羽


着替えのために行った建物の軒先では

パカッ大きな口を開けて

お母さんの帰りを待つスズメの赤ちゃん


ステキな象徴をいくつも発見しました♪

よい一日でした^^




さて、本日はコラージュについて

みなさま、コラージュってご存知ですか?

過去にも自らの体験を

ちらっと書いていたかもしれませんが

芸術表現の一つであり、芸術療法の一つです


コラージュとは、いくつかの雑誌から

好き好きに一部を切り抜いていき

一枚の白紙に自由に配置しながら

貼り付けて完成させる絵のことです


わたしは、大学に入る前に

一般のクリニックでカウンセリングを学んでいました

その時にはじめてコラージュに取り組んだわけです


その後も、大学在学時に

院生さんの修論の協力で被験者になったり

芸術療法の演習で学んだりと

何度かコラージュにとりくんでいます


それらを振り返ってみると

さまざまに不思議な出来事がありました


端的に言うと

コラージュには、魂の歴史、未来の予言

他者とのシンクロなどが起こることがあります


人によっても違うとは思いますが

一番最初に作成したコラージュがやはり強烈で

先入観がないゆえに、わたしという魂が

どこからきてどこへ向かおうとしているのか


ということがダイレクトにあらわれていました


そして二度目かな?のコラージュには

なんと未来の出来事があらわれていました

年齢がきちんと表記されていました


そして、三度目のコラージュでは

他者と交えて行う手法をとっていたんですが

なんと同じモチーフがあらわれました


他には

こういう配置で貼り付けようと

あらかじめ予定していたのに

実際に貼り付けはじめると

意図していないズレが生じ

肝心な切り抜きのパーツが隠れてしまう

そんなことも起きました


わたしは芸術療法の中では

はやりコラージュが一番好きです


それはなぜかというと

潜在意識がダイレクトにあらわれてくるから

完成された絵だけでなく

切り抜いたのに貼り付けなかった

パーツや、貼り付け最中の自らの動き

それらのプロセスすべてを注意深く観察することによって

過去の自分、今の自分、未来の自分

わたしって何?というところを

しっかりと把握することができます


自らを観察するちからも必要になりますが

いつかコラージュのワークショップも

開催してみたいと思っています


わたしたちは、意識の存在

その意識の部分に光が当たり

かつ

とらえやすく、理解しやすいのがコーラジュ

だと思っています


コラージュ療法をつくられた方の言葉で

今でもこころに残っている言葉があります


それは

癒しとは即興の中にある

という言葉


美術ではなく、芸術の中にある

そんな風におっしゃっていました


正解のない世界

答えもない世界

その瞬間にしか表現できないもの


これらの言葉は、わたしの中にも

自然な形で存在しています


それが、ひとつのヒーリングセッションなったのが

"万物としての自己"とのつながりを深めるヒーリングダンス


国民性して、決まりに従うことは

得意なわたしたちですが

それでストレスをためてしまうなら

それはほんものではないような気がします

今、わたしたちに足りないものは創造性

枠をすこしはみ出てしまうような

そんな自分をゆるす精神です


それは誰かを傷つけるものではなくて

誰かの何かを奪うものでもなくて

ただ表現すること、遊ぶこと


わたしたちは、表現するために

遊ぶためにこの世に生まれてきています


以前にも書きましたが

わたしたちが目指すのは、大人ではなく


スーパー子ども


子どもの進化版です

他のものには見向きもしないで

集中して遊ぶ子ども

あれは、立派なお仕事です


大人も負けちゃいられないのです☆










2019.8.8

泥酔のダンサー―魂の踊り


次から次へと書くことがなくならない☆


ブログをはじめた最初は

ちゃんと書くネタあるかなぁ??

とか思っていましたが、結局つきておりません(笑)


人生って、内側に意識をむけて生きていると

次々にお題がやってきて、暇しない


ほんとうは、もっと書きたいことが

いっぱいなんです

いっぱいなんですが、小出しに小出しに

ちょっとずつ♪


このブログは、まったく広告宣伝を行っていません

なので、基本的には

リーディングを受けてくださった方の

その後のお役に立てるように

また、書きたいことを自由に

そんなスタンスで書いています☆


いわゆる営業行為は好きじゃないんですねー(-_-)

だから、企画したイベントに

ご参加の手をあげてくださっている方も

なかなか開催までいたらずで、ごめんなさい(;_;)


そのうち、開催できると思いますので

気長にお待ちください^^


開催できなければ、それはそれで

世界は平和で素晴らしいんだからいいんじゃない?

とも思っています♪


人生は楽しくね☆


そして、リピートいただいている方には

そんなゆるーいスタンスが好きだと

言っていただいております(笑)


なので、これからもこんな感じで^^


このブログだけでも、読んでいただいて

ステキな世界に生きているんだね、わたしたち

そう思っていただけていれば、それでうれしいのです☆


この世界は、ほんとうに不思議で素敵な世界です!

まったく教えられたとおりの世界じゃないですよー(UvU)


さて、今日のタイトルは、インパクト大です!


『泥酔のダンサー』


すごかったんです、ほんとうに

ちょうどわたしが、バーでアルバイトしていたころ

イベントでDJさんがやってきて

みんな飲んで踊ってしていました

わたしも仕事半分遊び半分で楽しんでましたが


夜も深まったころ、ふと見上げると

店内に円状の空間が


何だろう?と気になってその空間まで

近づいてみると…


なんと、女性が踊っている!


からだも上下、左右にのびのびと

そして、わたしは、そのダンスを観た瞬間に

意識が持っていかれてしまい

目が離せなくなってしまいました


こんなに素敵な踊りをみたことがない…


そう表現しても過言ではないほど

その女性が、踊りそのものになった

そのままの純粋極まりない踊りでした


その本気のダンスに、周囲の人々は

場を空けるしかなくなったというように

サーっと引いて、自然な円をつくっていたんです


時間をさかのぼって考えてみると

確か彼女はかなり酔っぱらっていて

踊れるような状態ではなかったはず…


そのダンスは、しばらくつづきました

わたしはあっけにとられたまま動けません

一切の無駄のない、我のない、自由極まりないダンス

そのダンスのすばらしさに

わたしの我まで一瞬で消されてしまい

ただただ圧倒され、見つめるしかない

それだけでした


そうして、ダンスが終わり

そのあとは、うなだれたように

壁にもたれかかり、床に座りこんで

お友だちに介抱されておられました


後日、その女性がお店に来られ

あの日はご迷惑をおかけしてごめんなさい!と

何度も謝ってこられ

その様子は、あのダンスを踊っていた彼女とは

まったくの別人


わたしは、すばらしいダンスでしたよ!!

もう見とれてしまって、完全に心が奪われました!

そう伝えたのですが、彼女は、恥ずかしいと謝るばかり


そして、彼女にたずねてみました

何かダンスをされているんですか??

すると彼女は


まったくありません、恥ずかしい…


信じられません

ほんとうに素晴らしいダンスだったんです

意識と身体が一致していて完璧でした


わたしが、この一通りの出来事をとおして感じたこと


人は、自分がこういう人間だ

と思っている以上の存在であるということ


たとえば、深い催眠に入ったとき、深酒したとき

記憶がないということがありますが

記憶がない時にでも自分は話していて

そういう記憶のない時に、霊視の能力が出てきて

勝手に予言しているというお話も目にしたことがあります


たぶん彼女は、ダンサーやシャーマンのような

過去世があると思います

そして、今世は封印しておられるのかもしれません


後日話したときには、あんなにワイルドなダンスなんて

踊ることはないであろう、エレガントで控えめな

かわいらしい女性でした


あの夜は、踊るとはこういうこと、と

身をもって教えてもらえたような

すばらしい踊りも観たし

人の多面性、深い意識、可能性を

かいま見ることができました


わたしたちが、私たち自身を自覚し

定義している範囲は本当に狭くって


占いの現場で、ある占い師さんが

お酒の入った人のタロットリーディングはしたくない

とおっしゃっていたんですが


わたしは、案外よいリーディングに

なるんじゃないかと思っています


ただ、顕在意識としての理解は難しいのかもしれないけど

その人も意外に思ってしまうような本質が

浮かび上がってきて

意識の深いレベルでの気づきや癒しに

つながるんじゃないかなと思っています☆









2019.7.30