いきるを考えるいのちを踊る
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生きるということ、踊りのこと、星のこと、スピリチュアルなこと、食のこと
さまざまな興味関心について、学びや気づきをつづっています















死をみとめるということ


パンチのあるタイトルです


小さいころ、ある夜、突然

人は死ぬということに気づき

嗚咽がするほど泣きじゃくったことがあります


死から連想したものは

大好きなおとうさんとおかあさんがいなくなる

当時のわたしにとって、一大事な気づきでした


そこから20代の後半まで

ずっと漠然とした死への不安があり

その20代後半にあたった別の壁によって

内在されていたスピリチュアリティーが

一気に開花し、様々な気づきにいたりながら

「死はない」ことにも気づきがいたりました


でも、よくよく考えていくと

それって小学生の時に理科で教えてもらってたこと

いわゆる食物連鎖というものですが

それは、自分という意識をおおきなものへ

さらにおおきなものへと拡大していくことで

気づくことができます


わたしたちは一つのいのちを終えると土に還り

土に還ると別の命をいかすためのエネルギーとなり

それらもまた別の命のエネルギーとなり、、、

そうして、循環はとぎれることなく永遠につづいいていく


視界を、人というレベルにとどめれば

死はあると感じるかもしれないけど

その視界を地球レベルに、宇宙レベルにしてみると

わたしたちは、今まで一回も死んでいません


ずーっと循環しつづけてる


それによって、あたまでの死への解釈は

クリアーしたんですが

やっぱりこわい

こころがついてこない


そこからまた年月がたち

17年近く生きた愛犬の死が身近に訪れたとき

なんとか生きてほしい、回復してほしいと

何だったら食べるかな?飲むかな?

考えながら試行錯誤していました




何も食べないし、飲まない

それからしばらく見守っていましたが

ある瞬間、ふと、あきらめがやってきました


そうか、もう死ぬんだ、お迎えが来るんだ


それならせめて口元を濡らしてあげよう

のどの渇きを感じたまま逝くことのないように

口元を濡らしてあげたい



そんな気持ちで、指で口元を濡らしてみると

なんと、さっきまで飲まず食わずだった愛犬が

ペロペロとわたしの指をなめはじめました


何が起こったのかわからないまま

口元に水を持っていくとグビグビと飲みはじめ

ものすごい量の水を飲みほしました



そのあと爆睡

そして起きて一番、大量のおしっこを出して

復活です(笑)


言葉であらわすのは難しいんですが

この瞬間に、頭の中だけでわかっていた死を

体感としてわかることができました


一言、言葉であらわすとすれば

死を認めると生がいきる、ということ


死がない、というよりも

死ぬことは悪いことじゃないし

死はあっていいと許し、認めること


許すということは、力を抜くことです

死にたいする刀や鎧を手放すこと


そうして、死への恐怖によってどこか緊張し

何事も過度であったことがら(欲)から解放され

死を認め、生にしがみつこうとする力が抜けたとき

不思議なことに、生が輝きはじめます


我が家の復活したワンコのように(笑)


すでに老犬だったので、その数か月後

ずっと一緒にいた愛猫が行方不明

(おそらく亡くなった)になり

あとを追うように愛犬も大地へと還っていきました


死は、誰にでも訪れるものですが

この死をどうとらえるか

それによって、生は大きく変わるんだと思います










2018.6.3